裏勝り
I — The Philosophy
Ura-Masari — The Beauty Within
A jacket worn not for show,
but for what it stands for.
江戸時代、幕府はたびたび奢侈禁止令を出し、町人が富を装いで誇示することを禁じました。着るものの素材も、色も、制限の対象でした。
町人たちは、従いました。表向きは。 表には茶や鼠色といった地味な色をまとい、目の届かない羽織の裏地に、表よりも手の込んだ柄や染めを忍ばせました。誰に見せるためでもなく、自分だけが知っている。規制は、美意識に変わりました。これが「裏勝り」です。
THE URAhは、この思想の上に立つバーシティジャケットです。外側は深い黒のメルトンウールと黒桟革。数歩離れれば、静かな一着にしか見えません。しかし内側には、京都で織られたジャカードの裏地が、着る人にだけ見える場所にあります。 近づいた人だけが、気づきます。着ている本人は、最初から知っています。
Revolution N° 01
The Jacquard Crossing.
京都 × リヨン
1872年、京都府は、まだ見ぬ技術を求めて、西陣の織り手たちをフランス・リヨンへ送り出しました。都が東京へ移り、西陣は存続の危機にありました。千年の織物の都が、自らの伝統だけでは先へ進めないと判断した。その決断自体が、革命でした。彼らが持ち帰ったジャカード織機は西陣の織りに近代化をもたらし、京都の織りは世界の技術と結ばれました。
Revolution N° 02
The Paradigm Shift.
和装から洋装へ
同じ1872年、太政官布告により、政府の礼服は和服から洋服へと定められました。宮廷の装束を頂点とした千年来の装いの体系が、一枚の布告で転回した年です。日本の正装が洋服へと向かう流れは、ここから決定的になりました。